久しぶりの更新! 今日は松江にて結婚式披露宴に参列です!

  • 2012.06.30 Saturday
  • 13:07

今日は雨の松江です。

水の都・松江市は福井藩の松平家と一族の松江松平家の城下町です。藩祖・松平直政は結城秀康の三男。福井とはご縁のある町です。

友人が松江に住んでおり、めでたくも今日は 華燭の典 を執り行われることになりましたので、島根県へやってまいりました。

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翠翔(すいしょう)にて

  • 2011.02.28 Monday
  • 22:12
JUGEMテーマ:モブログ

会合後の鷄鍋です。
すごくおいしそうです!



冬季限定 翠翔(すいしょう) オリジナル 塩鍋

文化大衆的酒屋 名古屋コーチンの翠翔 福井店
■住所
福井県福井市大手2-5-10
■最寄駅
福井駅前
■TEL
0776-27-2008
■定休日
日曜
■営業時間
17:00〜24:00(L.O.23:00)
■交通手段
福井駅から徒歩2分 (駅前の秋吉さんの1本裏手の細い路地です)
福井駅から184m

http://ameblo.jp./oookaryouhei911/(店長のブログ)

今夜は宴会です

  • 2011.02.26 Saturday
  • 23:52
JUGEMテーマ:モブログ
 

今日は県内越前町梅浦のさかえ料理旅館にて宴会です。



場所:
〒916-0311 福井県丹生郡越前町梅浦55-29
0778-37-0669












かにはやはり寡黙になります。。。

黙々とほぐし続けまければなりません。

たいへんおいしかったです。

宮本さんいつもありがとうございます。

満腹〜

富山にいます

  • 2011.02.21 Monday
  • 23:17
JUGEMテーマ:モブログ
 
今日は富山に来ています。









富山の運河はキレイでした。





薪のストーブはあったかい!





県庁内にて

  • 2011.02.16 Wednesday
  • 15:32
JUGEMテーマ:日記・一般
 
刀剣審査会の折、お昼すぎ、県庁の1階ホールでかわいらしいお子さんたちが歌を歌っていました。
真ん中の方は知事でしょうか?

奈良へ行ってきました。。。

  • 2010.06.14 Monday
  • 23:30
 14,15日は、神社庁福井支部の研修旅行で、奈良へ行ってきました。

 初日は8時福井駅東口集合。北陸道を一路京都方面へ。途中は早速酒宴となり、持ち込みのビアサーバー1本目はほどなく空となりました。。。


 行程の遅れと奈良市内の交通の状態により、一部予定を変更して、奈良市内に入りまず昼食(!?)。場所はホテル日航奈良でした。春日大社奉職時に結婚式の御奉仕に来ていましたホテルです。


 次に春日大社へ正式参拝です。
 お話いただきました西村禰宜さん、ご案内いただきました中野権禰宜さんありがとうございました。1時間弱では、広い春日大社の境内散策・参拝はなかなか難しいようです。私もかつて春日大社を参拝される方々をご案内致しておりましたが、時間にゆとりのある参拝はまれで、みなさんはその旅行の行程中、1時間程度(ひどい場合は30分など)のスケジュールで回られるのが常です。今回は各神社の総代さん方も多く、もっとゆっくりお話を聞き、境内を参拝したかったという声も聞かれました。
 時間に制約があり、何分ゆっくりと過ごすことができませんでしたことは残念ですが、改めてまた訪れていただきたいと思います。


 次は平城京です。
 こちらの関係で春日大社での制約ができました。バスの出入りの時間が厳格に決まっていて、この時間の変更がきかなくて時間が詰まってしまいました。
 大極殿。外祭(出張祭典)を担当しているとき、この立柱上棟祭(りっちゅうじょうとうさい)があり、祭典の担当および御奉仕を致しました。平成18年でしたでしょうか。全体を覆っていた覆いが取り外され、見事竣工したことは喜ばしいことです。ちなみに、奈良式(春日大社)では上棟祭は立柱上棟祭と言い、この平城京・大極殿も春日大社の祭儀に準じた形で祭儀が営まれ、御奉仕相叶いました。




激走2000キロ

  • 2009.10.17 Saturday
  • 16:52
 一昨日の夜に福井を出て、昨夜帰ってくるまで、福井〜山形往復2000キロを走りました。

 一昨日は夜7時前に福井を発ち、北陸道を進み上越に到着。所要にて上越から上信越道を通って関越道に合流し、東京・大泉経由で外環状通過、川口から東北道を下りました。途中で休憩を挟みながらゆっくり進み、早朝には朝もやの磐梯山…というか会津は重たい霧の中。続く米沢も朝7時代には霧が晴れず山形へ向っていきました。
 酒田にも行きましたが途中の山形道は出羽三山あたりで工事の連続で片側相互通行が続き、時間がかかりました。

交通規制で上下渋滞


 今回は時間がなく、米沢を通過したのに上杉神社は行けないし、出羽三山付近を通過したのに出羽三山神社(月山、湯殿山、羽黒山)も行けませんでした。
 だいたい旅行先ではどこか神社へ参拝するのが常なのですが、今回に限っては時間の制約が…。

 しかし月山あたりではだいぶ紅葉が進んでいましたね。写真はあまり分からないかもしれませんが・・・。それにしても朝の霧のことを考えても、大変良い天気です。

月山付近は紅葉しはじめていました

 帰りはちょっとサービスエリアで寝て、お土産を買って東北道を上り、磐越道経由で新潟から北陸道を通って帰ってきました。

山形へ行ってきました

  • 2009.10.17 Saturday
  • 16:09

最上義光歴史館
 昨日、自動車山形へ行ってきました。

 前からお世話になっています、山形市の最上義光歴史館の学芸員・揚妻昭一郎さんとお話しし、また歴史館の見学をしてきました。

 後述しますが新田家と最上家は因縁の家であり、それは足利一族の斯波家一門の最上家というのは、当社御祭神・新田公の戦死の情況(藤島の戦い)をみれば明白であるように、間違いなく敵対する関係です。更に、公の帯びていた清和源氏嫡流新田家相伝の名刀「鬼切丸」は斯波家から庶流の最上家へ移り家宝として相伝されていました。そして明治期に、後代紛失することを憂い、最上家から京都・北野天満宮へ奉納されて現存する由を承っています。
 敵味方の因縁もさることながら、江戸時代幕末の寛政年間には、幕初に大名から交代寄合席となったこの最上家(出羽国山形54万石から近江国大森5000石へ減封)と新田家は婚姻関係にあり(最上家から嫁いできたが、のちに子供を置いて離縁に至った)良好な関係でした。過去の因縁を超えて姻戚関係を築くに至ったわけです。云わば、良い意味でも悪い意味でも因縁の家ということです。

 そんな理由で最上というと歴史館の名前でもある「最上義光」(もがみよしあき)が有名ですが、ちょっと気になっている部分もあって一度は訪れてみたかったというのが現実です。
 揚妻さん(ちなみに「あげつま」さんとお読みするんですよ)は大変ご多忙で、たくさんの来館者の説明ジョギングをされていましたが、少しお話しすることができました。お忙しい中ありがとうございましたニコニコ

 歴史館には最上義光に関わる史料、また最上家(現当主は最上公義氏)から寄贈された最上家史料が所蔵されており、展示されております。

 〒990-0046 山形市大手町1番53号
  最上義光歴史館(財団法人山形市文化振興事業団)
 ☎023-625−7101
 http://mogamiyoshiaki.jp

 山形城の跡にあります!
 ちなみに公園は、この写真では分かりにくいですけどきれいでしたおはな
山形城跡の霞城公園内

さいたま・氷川神社へ

  • 2009.09.26 Saturday
  • 23:40
 東京へ所用で来ましたので、さいたま市の氷川神社へ行ってまいりました。どうも大宮市のイメージが自分の中に深く根付いており、合併してさいたま市となったとはいえなかなか素直に「さいたま市」と言えません。

 先輩の権禰宜さん迎えに来ていただき、案内していただいてお参りしました。(いつも感謝しています)ありがとうございました。

 全国にたくさん氷川神社がありますが、ここは旧官幣大社で、いわば氷川神社の総本家です。勅祭社といって勅使さん(天皇陛下のお使い)が来られて祭儀が営まれる神社です。

氷川神社

氷川神社2

 都会の空間にあれだけの緑の場所があるのが不思議です。しかも大宮駅の近くなので、あれだけ発展した駅前からちょっと入ると神域があり、とてもいい感じです。

 帰るまでの夕方から夜にかけては、楽しい宴となりました。

お見送りありがとうございました

 新宿でお見送りをしていただきました皆さん、ありがとうございました。(写真が鮮明ではありませんがご容赦ください。・・・鮮明でないほうが良い?)

交流2日目―富士重工業見学―

  • 2009.08.05 Wednesday
  • 17:10
 交流の2日目。

 今日は朝9時から富士重工業株式会社群馬製作所矢島工場におきまして自動車メーカー・スバルの製造工程を見学しました。

 この工場ではLEGACY(レガシィ)、IMPREZA(インプレッサ)、EXIGA(エクシーガ)が造られていて、写真は撮ってはいけないということでカメラを受付で預けなくてはなりませんでした。…よって写真はありません。

 スバルの富士重工業といえば戦前に飛行機王として知られた中島知久平(海軍大尉のち鉄道・軍需・商工大臣)・喜代一兄弟が創った中島飛行機がルーツになっていて、この中島飛行機は民間機の開発と共に、主に太平洋戦争までの陸・海軍用機の需要に応じて軍用機そのものをはじめ、特にそのエンジン部分の開発に取り組みました。
 日中戦争以降は終戦に至るまで、陸軍九七式戦闘機、一式戦闘機「」(はやぶさ)、二式戦闘機「鍾馗」(しょうき)、四式戦闘機「疾風」(はやて)、海軍艦上偵察機「彩雲」などの軍用機を造りました。

 あの独特のエンジン音はこういった飛行機造りのエンジンがルーツだったんですね。


自動車の説明
説明を聞くみなさん


 外には飛行機もありました。
あっ 飛行機
ここで飛行機の説明を聞きました


 戦後の日本で大ヒットした軽自動車「スバル360」(愛称はてんとうむし)。
てんとうむし360
確かにてんとう虫みたいです・・・


 太田市岩松町の東揚軒へ移動して昼食を頂きました。ここへきて、子供たちが随分打ち解けてきたようですが、これでさようならなんです悲しい
黒川会長
黒川会長がシメのごあいさつです

 いよいよお別れです。
 来年は太田の皆さんを福井でお迎えいたします〜。
さようなら
お元気で〜ありがとうございました


 こうして群馬県を後にして、また長い旅路を一路福井まで引き返すのでした。

 今日は帰ってからまだお客さんがあるのです〜(…続く)。

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